東京地方裁判所八王子支部 昭和33年(ワ)221号 判決 1959年6月19日
原告 東京都
被告 中尾由雄 外一名
主文
被告らは原告に対し、別紙目録記載の建物を明け渡し、かつ連帯して昭和三二年二月二一日以降右明渡ずみに至るまで一ケ月金八八〇円の割合による金員を支払うべし。
訴訟費用は被告らの負担とする。
この判決中建物明渡の部分は各被告のため金五万円の担保を供することを条件に、その他の部分は無条件で、仮りに執行することができる。
事実
一、請求及び答弁の趣旨
原告代理人は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被告ら代理人は、「原告の請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
二、事実上の陳述
請求の原因
(一) 別紙目録記載の建物は原告の所有管理する都営住宅であつて被告中屋は昭和二五年八月一八日附で原告からその使用を許可されて入居し、被告佐久間は昭和三一年一月一五日附で原告から同居の許可を受けてこれに入居している。
(二) しかるに被告中屋は昭和二九年頃小金井市小金井一八八四番地に妻中屋愛子名義の店舗兼住宅(約一二坪)を建築し、生活の本拠をここに移して営業をなし、本件建物を空屋同然に放置した。
(三) 加うるに被告中屋は本件建物放置の事実を欺瞞するため、妻の実弟という被告佐久間を単身居住させ、(一)の如く原告から同居の許可を受けたが、被告佐久間も殆どこの建物を使用していない状態であつた。
(四) 原告は右事実を知つたので、昭和三二年二月十九日附で被告らに対し公営住宅法第二二条第一項第五号東京都営住宅使用条例第二〇条第一項第三号及び第六号により同月二〇日限り本件建物の使用許可を取り消し、その明渡を請求する旨通告し、右通告書は右二〇日被告らに到達した。
(五) ところが被告らは右住宅の明渡をしないから、ここに被告らに対しその明渡を求めると共に、連帯して、被告らがその入居権限を失つた日の翌日から右明渡ずみまで、本件建物の使用料月額八八〇円の割合による損害金の支払をなすべきことを求めるため本訴に及ぶ。
答弁
(一)は認める。
(二)は、被告中屋の妻愛子が原告主張の場所に建坪約一二坪の建物を所有していることは認めるが、その余は否認する。右建物は愛子が昭和三〇年買い入れ、これを改築して同女が自転車預所を開いたのである。以来主として右愛子が、時にはその夫被告由雄愛子の妹及び弟たる被告佐久間らが交替で寝泊りして店を維持管理して来たものであつて、被告中屋の生活の本拠をここに移したものではない。
(三)は、被告佐久間が殆ど本件建物を使用していないことは否認する。
(四)は、原告主張の日、主張の如き本件建物使用許可取消書が被告中屋に到達したことは認める。
(五)は、被告らが本件建物の明渡をしていないこと、本件建物の使用料が原告主張の如くであることはいずれも認める。
三、証拠
原告代理人は、甲第一、二号証、第三号証の一、二、を提出し証人富永忠男、川上武子、松本精一の各証言を援用し乙第一号証の成立を認める、と述べ、被告ら代理人は、乙第一号証を提出し、証人門井孝一郎、中屋愛子の各証言を援用し、甲第一、二号証の成立及び第三号証の二の官署作成部分の成立は認めるが、同証の他の部分及び甲第三号証の一の成立は不知と述べた。
理由
請求原因(一)の事実及び原告が(四)で主張するような本件建物使用許可取消書が昭和三二年二月二〇日被告中屋に到達したことは、被告らの認めるところである。
よつて右取消の効力につき判断すべく、先ず、法律、条例の関係規定を調べて見る。公営住宅法(以下法という。)第二二条第一項は、事業主体の長は、公営住宅の入居者が、次の各号の一に該当する場合には入居者に対しその「明渡を請求することができる」旨規定し、その各号のうち第四号は「前条の規定に違反したとき」と、第五号は「第二五条第一項〔公営住宅等の管理に関する条例〕の規定に基く条例に違反したとき」と列記しており、右第四号の「前条」にあたる法第二一条は、第一項で、「公営住宅の入居者は、当該公営住宅又は共同施設について必要な注意を払い、これらを正常な状態において維持しなければならない」と規定し、第二項以下において、事業主体の承認を得て一部を他に貸す外公営住宅の転貸、入居権の譲渡の禁止等を規定し、法第二五条第一項は、「事業主体は、この法律で定めるものの外、公営住宅及び共同施設の管理について必要な事項を条例で定めなければならない」と規定していて、次に事業主体である東京都の設けた右管理に関する条例たる東京都営住宅使用条例(以下単に条例という。)は、第一五条(第一号)で使用許可を受けた世帯員以外の者を同居させるときは、使用者は知事の許可を受けねばならない旨を規定し、第二〇条第一項で、「知事は、次の各号の一に該当する場合は、使用者又は当該都営住宅の入居者に対し使用許可を取消し又は住宅の明渡しを請求することができる」と規定しその第三号として、「許可なく十五日以上都営住宅を使用しないとき」とし、第六号として、「前各号のほか、知事が都営住宅の管理上必要があると認めたとき」としている。
ところで法の規定を通観するに、法は賃借人にあたるものを「入居者」といつており、そして法第二二条第一項は前記の如く入居者に対し明渡を請求することができる旨規定していて、この明渡の請求というのは公営住宅の入居、使用の法律関係を消滅させるという意味に解すべきであるが、条例はその用語例を見るに賃借人にあたるものを「使用者」といつているのに条例第二〇条第一項は、前記の如く「使用者又は当該都営住宅の入居者」に対し「使用許可を取消し又は住宅の明渡しを請求する」といつているので、右の使用者と入居者、使用許可の取消と住宅明渡の請求との関係についていささか疑問があるが、右の使用者とは、条例一般の用語法に従い一般の賃借人にあたるものを、入居者とは、前記条例第一五条の規定によつて使用者が許可を受けた同居人を指し、使用許可の取消とは、使用者に対し都営住宅使用の法律関係を消滅させることを意味し(条例は右使用の法律関係は使用者の申込と知事の許可とによつて発生するとするたて前であるから第三条、第四条、第八条等参照)、そして住宅明渡の請求とは同居人に対し(形式的には同居の許可を与えた相手方である使用者に対してなさるべきことになろう。)同居による使用関係を消滅させることを意味するものと解せられる。すなわち、条例第二〇条第一項各号の事由が使用者にあるときは、使用者との間の都営住宅使用関係を消滅せしめ得べく、また、同居人にあるときは、同居人との間の同居による右関係を消滅せしめ得る、という趣旨に解せられる(右各号の字句は必ずしも適切でないものもあり、また性質上一方にのみ適用があるとすべきものもある。)と同時に同居人の使用関係は以上見て来た法、条例の規定からいつても使用者の使用関係に依存すること明白であるから、後者の使用許可が取り消されたときは前者の使用関係もまた消滅することは明かであるといわねばならね。
本件において原告は、請求原因(二)、(三)の事実があつたので、被告らに対し公営住宅法第二二条第一項第五号東京都営住宅使用条例第二〇条第一項第三号及び第六号により本件建物の使用許可を取り消した旨主張するので、被告佐久間関係においても独立して同居による使用関係の廃止を主張するが如くでもあるが、甲第一、二号証によればその主張の本旨は被告中屋に対する条例第二〇条第一項第三号及び第六号による使用許可の取消とこれに基く被告佐久間の使用関係の消滅を主張するものと見るのが正当である。
そこで条例第二〇条第一項第三号にいう「許可なく十五日以上都営住宅を使用しないとき」の意味について検討する。
公営住宅の制度が、国及び地方公共団体の協力により住宅に困窮する低額所得者に対し低廉な家賃で住宅を供給することを目的とするものであり(法第一条)、法は入居資格の一つに現に住宅に困窮していることが明かなことを要求し(第一七条第三号)、入居者の募集については原則として公募主義をとり(第一六条第一項)、住宅に困窮する実情を調査して公正な方法で選考して入居者を決定すべきこととしているのであり(第一八条)、条例また右の趣旨に出た細目規定を設けているのであつて、これを要するに、公営住宅(都営住宅)の制度が実質的には住宅の面からする低額所得者の生活扶助の制度であつて、かような趣旨から法並びに条例は真に住宅に困窮している者に対し公平に住宅を供給しようとしているのであるし、また前記の如く法は特に入居者の保管義務を定めその違反を明渡請求の原因としているのであつて、(第二一条第一項、第二二条第一項第四号)、これらの点を合せ考えると、条例第二〇条第一項第三号によつて使用許可の取消事由とされる「許可なく十五日以上都営住宅を使用しないとき」というのは、許可なくして都営住宅に起居、居住しない常況にあること一五日以上に及ぶことを意味するものと解するのが相当である。けだしかような場合は法が入居資格の一つとして要求する、「現に住宅に困窮していることが明か」という事情が消滅し他の真に住宅に困窮する者を入れることを適切とする事態になつたことをあらわすものといえるし、入居者に課せられた前記保管義務の違反を来す事由でもあるからである(一時的な必要により一五日以上住宅を明ける場合には許可を求めればよく、許可も得られるであろう。)従つてそれは民法的な観念による生活の本拠を他に移した場合とは自ら別個の観念であるし、まして家財道具を残してあるとか、時々帰来するかということだけで直ちに否定さるべき事柄でもない。
そこで本件につき事実関係を調査するに、証人富永忠男、川上武子、松本精一、門井孝一郎、中屋愛子の各証言(後記不措信部分を除く。)を綜合すれば、次のように認められる。
被告中屋は妻愛子と共に本件建物に居住して立川市に通勤していたが、右愛子が昭和二九年一二月頃国電小金井駅近くに家を買い、昭和三〇年三月頃この家でその名義で自転車預所を開くようになるや、それは朝早くまた夜おそくなるという業態であるが、夫婦の外に家族なく当時別に雇人も使つていなかつたところ、幸い右家屋は建坪約一二坪で約六坪の自転車置場の外に六畳、四畳半の部屋、台所等もあつて寝泊の場所、一応の住居として事欠かないし、被告中屋は前記の如く勤人で本件建物と右家屋のいずれに寝泊りするも大した違いはない事情にあり、かような諸般の事情から右開業当時同被告は生活に必要な家財道具を持つて妻と共に無断で右家屋に移り、ここで起居生活するようになり、その頃本件建物には妻愛子の実弟である被告佐久間を留守番役に入れて住まわせた(その同居の許可を、昭和三一年一月一五日になつて得たことは当事者間に争がない。)それでも右移居当時は本件建物に帰つてここに泊ることもあるという状態であつたが、その後家財道具も次第に右家屋に運び、その間これに二階を建増したりなどして、本件建物に帰来することも殆どなくなり、本件使用許可の取消のなされた昭和三二年二月当時には本件建物には家財道具を僅かに残していた程度に過ぎなかつた。
右のように認定されるのであつて、証人門井孝一郎、中屋愛子の証言中右認定に反する部分は信用できず、成立に争なき乙第一号証のみを以て右認定を動かすことはできない。
右認定によれば被告中屋は本件使用許可取消の当時においては本件建物から完全に生活の本拠を他に移していたと見るべきであるし、仮りにそうでないとしても、条例第二〇条第一項第三号にいう「許可なく十五日以上都営住宅を使用しな」かつたものとなすべく、従つてその他の判断をなすまでもなく同被告に対する右取消はその効力を生じたものというべく、同被告に対する使用許可を基礎とする被告佐久間の本件建物の占有権限も右取消によつて消滅したことになる。よつて被告らに対し本件建物の明渡と、連帯して右取消の効力の発生した日の翌日たる昭和三二年二月二一日以降右明渡ずみに至るまで当事者間争なき本件建物の使用料額たる一ケ月金八八〇円の割合による損害金の支払を求める原告の本訴請求は全部正当として認容すべく、民事訴訟法第八九条第九三条、第一九六条を適用して主文の如く判決する。
(裁判官 古原勇雄)
目録
小金井市小金井二六〇四番地
東京都営小金井第三住宅第五号
木造瓦葺平家二戸建住宅のうち一戸(西側の部分) 建坪 九坪